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: ルールが複数の場合の推論 : ファジィ推論の数学的解釈 : 含意命題のファジィ関係による標準形表現   目次


ファジィ推論

ファジィ推論はファジィ命題に対して「継承原理」を認めるところからそのすべてが始まる. 論理積と論理和を$t$- ノルム,$s$- ノルムとするファジィ理論に基づくファジィ推論規則は,この継承原理からすべてが論理的に導出される. その他の$t$- ノルム,$s$- ノルムをベースとするファジィ理論に基づくファジィ推論の場合は,命題の間の「and」と「or」の解釈の仕方が独特であるように思われる.したがって,この場合は,継承原理の他に,その$t$- ノルムと$s$- ノルムが主張する「and」と「or」の解釈を認めることが必要となる. 本節では,まず継承原理と「and」「or」の解釈について説明し,さらに,ファジィ推論の基本規則が継承原理からいかに導出されるかを考察する.これにより,ルール(ファジィ含意命題)がひとつの場合のファジィ推論が明らかとなる.

注意1

14pt以下の説明で,

は,「 $p_a\rightarrow p_b$」を示し,

は,「 $p_a\leftrightarrow p_b$」,つまり,$p_a$$p_b$が同値であることを示すものとする.

注意2

本節の説明に関する図では,簡単のため,$X,Y$とも1次元の変数とし,したがって,$A,B$も単項ファジィ関係(ファジィ集合)として扱っているが,$X,Y$が任意の次元であり,それに伴い,$A,B$が多項ファジィ関係であっても以下の規則は,一般的に成立することに注意.

(0) 継承原理(Entailment Principle)

継承原理は,ファジィ推論のすべての基となる推論規則で,

と表される.つまり,「$X$$A$」であり,かつ「$A$$B$」に含まれていれば,「$X$$B$」といえることを示している.結果として,導かれる命題は,元の命題よりも$X$に対する制限が甘くなっていることに注意(図5.10参照).この原理を認めるならば,ファジィ推論は展開できるが,認めないならば,ファジィ推論はあきらめるしかない.

図 5.10   継承原理

(1) 連言規則(Conjunction Rule)

が連言規則と呼ばれるものである.
[下から上への規則の証明] まず,

$\cap$を定義する$t$- ノルムの種類にかかわらず(0)の継承原理から直ちに証明される.これは,$t$- ノルムの定義から,その種類にかかわらず

が成立するためである.例えば,($X$ is $A\cap B$)の条件と $(A\cap B\subseteq A)$より継承原理を用いて,

が得られる.($X$ is $B$)も同様にして得られる.
[上から下への規則の説明]

(5.1)

については,$\cap$を定義する$t$- ノルムによって事情が異なってくる. まず,$\cap$を定義する$t$- ノルムとして論理積($\land$)を用いた場合を考えると式(5.1)は素直に認められるように思われる.これは式(5.1)の対偶

(5.2)

が認められることからわかる. もし「($X$ is $A\cap B$)でない」とすれば継承原理より「$X$ is $C$」といえるような$C$で「 $C\subseteq A\cap B$」を満たすものは存在しないはずである.つまり,「$X$ is $C$」といえるような$C$については,「( $C\subseteq A\cap B$)でない」といえる.ここで,図5.11からわかるように「 $(C\subseteq A\cap B)$でない」ならば,「 $(C\subseteq A)$でない」か「 $(C\subseteq B)$でない」かのいずれかである.したがって,「$X$ is $C$」といえるような$C$は必ず「 $(C\subseteq A)$でない」か「 $(C\subseteq B)$でない」かのどちらかとなる.

図 5.11   論理積に基づく$t$- ノルムによる連言規則の説明図

ここでまず,「$X$ is $C$」といえる$C$は必ず「 $(C\subseteq A)$でない」という方に着目する.すると「$X$ is $C$」といえてかつ「$C \subseteq A$」といえるような$C$が存在しないことになる.これは継承原理によって「$X$ is $A$」という結論が導かれ得るような過程が存在し得ないことを示し,結局「($X$ is $A$)でない」という結論が得られる. 一方,「$X$ is $C$」といえる$C$は必ず「 $(c\subseteq B)$ではない」という方に着目すると同様の議論により,「($X$ is $B$)ではない」という結論が得られる. これらより,「($X$ is $A\cap B$)でない」とすれば「($X$ is $A$)でない」か「($X$ is $B$)でない」かのどちらかが議論されることがわかり.ここに,式(5.1)の対偶式(5.2)が証明された.したがって式(5.1)も証明されたことになる. 次に論理積以外の$t$- ノルムによって$\cap$を定義した場合の考察をしてみると,継承原理からは式(5.1)はいえないことがわかる.これは4.3節の「演算子間の位置づけ」の項でみたように,すべての論理積以外の$t$- ノルムは論理積より小さな演算子であるところに起因する.即ち,論理積以外の$t$- ノルムによって$\cap$が定義された場合の$(A\cap B)$は図5.12に示すように常に,論理積に基づく$(A\cap B)$の内側に定義されることに起因するのである.この性質により,論理積の場合で議論したように,「 $(C\subseteq A\cap B)$でない」ということから「 $(C\subseteq A)$でない」か「 $(C\subseteq B)$でない」かのどちらかになるとの結論を必ずしも得ることができない(例えば,図5.12$C$の場合を考えれば,「 $(C\subseteq A\cap B)$でない」でも「$C \subseteq A$」でかつ「$C\subseteq B$」となっている.).したがって,論理積以外の$t$- ノルムに基づく$\cap$を定義する場合,継承原理によっては,式(5.1)は導かれない.したがって,この場合は,式(5.1)は継承原理とは別の新たな原理として受け入れるしかない.つまり「and」の意味を選んだ$t$- ノルムの意味で定義するとするのである.

図 5.12   論理積以外の積演算に基づく$t$- ノルムによる連言規則の説明図

ここでいえることは,継承原理だけを原理として用いて議論を進めた場合には「and」は必然的に論理積によって定義された$\cap$によって解釈されるということである.これは,継承原理が,他の$t$- ノルムで定義される$\cap$による「and」の解釈をなんら否定するものではない.事実,適当な$t$- ノルムに基づく$\cap$を用いた連言規則を継承原理と並ぶ「新たな原理」として導入しても,これが,継承原理を否定することにはならず,それらが共存することに問題はない. 論理積による$\cap$とそれ以外の$t$- ノルムによる$\cap$で,連言規則が導く結果の違いがどのように現われるかを考察するには,つぎのような特別の場合を考察してみるとよい.即ち,

を考えると,論理積による$\cap$の場合は,

\begin{displaymath}  
A\cap A=A  
\end{displaymath}

となるから,($X$ is $A$)なる結論が得られえるが,一般に,論理積以外の$t$- ノルムによる$\cap$の場合は,図5.13のように,

\begin{displaymath}   
A\cap A \subseteq A   
\end{displaymath}

となる.つまり論理積の場合は「$X$ is $A$」だと何回主張しようとも「$X$ is $A$」の結論に変わりはないが,それ以外の$t$- ノルムの場合は,しつこく何度も「$X$ is $A$」だと主張すると曖昧さが減少するという結論を導く.

図 5.13   論理積以外の積演算に基づく$A\cap A$

本項では,最低限,継承原理を認めれば,ファジィ推論の基本的規則がすべて導き出されることを明らかにした.ここで,最小限の原理,つまり,継承原理だけを認める場合には,「and」の解釈として,最も控え目な$t$- ノルムを定義する積演算子である論理積に基づく$\cap$が必然的に導出されることは興味深い.

(2)

(1)の連言規則と双対な規則に,

がある.これについても連言規則と同様な議論ができるが,ここで,$\cup$の定義には$\cap$の定義で用いた$t$- ノルムと双対な$s$- ノルムを用いるべきであることに注意する.

(3) 射影規則(Projection Rule)

射影規則は,

と与えられる.
[証明] まず,任意の$v'(in V)$を選び,$Y=v'$に固定すると,条件より,

\begin{displaymath}   
X \mbox{ is } A_{v'}   
\end{displaymath} (5.3)

となる.但し,$A_{v'}$は,

\begin{displaymath}  
\mu_{A_{v'}}(u)=\mu_R(u,v')  
\end{displaymath}

なるメンバシップ関数をもつファジィ集合である(図5.14参照).

図 5.14   射影規則の説明図

ここで,

\begin{displaymath}  
\mu_{{}_UR}(u)=\sup_v\mu_R(u,v) \geq \mu_{A_{v'}}(u)  
\end{displaymath}

がすべての$v'$について成立するから,すべての$v'$について,
\begin{displaymath}  
A_{v'}\subseteq {}_UR  
\end{displaymath} (5.4)

が成立する.式(5.3)と式(5.4)より(0)の継承原理を用いると,

\begin{displaymath} 
X\mbox{ is }{}_UR 
\end{displaymath}

が任意の$v'$に対して成立することから導かれ,射影規則は証明された.

(4) 円柱集合(Cylindrical Extention)

と与えられる.下から上への規則は,

\begin{displaymath}  
{}_U(A\times V)=A  
\end{displaymath}

であるから,(3)の射影規則により直ちに証明される. したがってここでは,上から下への規則,即ち

(5.5)

を証明する.
[上から下への規則の証明] 式(5.5)の対偶

(5.6)

を証明する. 「($(X,Y)$ is $A\times V$)でない」ということより,(0)の継承原理から,「$(X,Y)$ is $R$」といえる$R$が存在すれば,必ず「 $(R\subseteq A\times V)$でない」ことになる. ここで,もし,「$X$ is $C$」といえる$C(\in U)$が存在するとすれば,

\begin{displaymath}   
C={}_UR   
\end{displaymath}

なる$(U,V)$上のファジィ関係$R$が存在して,

\begin{displaymath}   
(X,Y)\mbox{ is }R   
\end{displaymath}

といえるはずである.このとき,「 $(R\subseteq A\times V)$でない」ことから「 $({}_UR\,\,C\subseteq A)$でない」ことがいえる.結局,「$X$ is $C$」といえる$C$が存在すれば,「 $(C\subseteq A)$でない」ことになり,(0)の継承原理より,「($X$ is $A$)でない」ことがいえ,式(5.6),式(5.5)が証明される.

図 5.15   円柱集合の説明図

(5) 直積(Cartesian Product)

直積を用いて,下のような推論規則が与えられる.

(5.7)


[証明] これは,(4)円柱集合と,(1)連言規則の組合せと考えられる.つまり,(4)の円柱集合を用いると,


である. ここで,(1)の連言規則より,

が得られ,さらに,4.5節に述べたように,

\begin{displaymath}  
(A\times V)\cap (B\times U)=A\times B  
\end{displaymath}

であるから,式(5.7)が得られる(図5.16参照).

図 5.16   直積の説明図

(6) 合成規則(Compositional Rule)

ファジィ推論において最も中心的な役割を果たしているのが,この合成規則であり,これは,「$X$$A$」で,「$(X,Y)$$R$なる関係がある」ときに,$Y$について何がいえるかを導く.合成規則は$A$$R$の合成として,
\begin{displaymath}   
\mu_{A\circ R}(v)=\sup_u(T(\mu_A(u),\mu_R(u,v)))   
\end{displaymath} (5.8)

なるメンバシップ関数を持つファジィ関係$A\circ R$を定義し($Y$が1次元の変数の場合は$A\circ R$は単項ファジィ関係であり,通常はこのような特別な場合しか考えないことが多いが,一般的には,多項ファジィ関係であってもよい),

(5.9)

であることを導く.通常は,この合成規則を天下り的に与えている文献が多いが,これは,(4)の円柱集合,(1)の連言規則および(3)の射影規則を組み合せれば,必然的に導かれる.即ち,(4)の円柱集合より,

\begin{displaymath} 
X \mbox{ is }A \leftrightarrow (X,Y)\mbox{ is }A\times V 
\end{displaymath}

であるから,式(5.8)の前件部に(1)の連言規則を用いることができて,

が得られる.この結果,さらに,(3)の射影規則を適用すると,

\begin{displaymath} 
Y\mbox{ is }{}_V\{(A\times V)\cap R\} 
\end{displaymath}

が得られる.ここで, ${}_V\{(A\times V)\cap R\}$のメンバシップ関数を求めてみると,これが,式(5.8)の$A\circ R$のメンバシップ関数に他ならないことは容易に確かめられ,式(5.9)が必然的に導かれることがわかる(図5.17参照).

図 5.17   合成規則の説明図

注意1

14pt$A$$R$の合成$A\circ R$の定義として,図5.8の代わりに,
\begin{displaymath}  
\mu_{A\circ R}(v)=\bigvee_u(\mu_A(u)\land\mu_R(u,v))  
\end{displaymath} (5.10)

を用いている文献も多いが,これは,この$t$- ノルムに$\land$を用いた特別の場合であることに注意.また$\lor$はsupの置き換えである.一般的には,式(5.8)のようにsupと$t$- ノルムを用いて定義されるべきであろう.$t$- ノルムの選択によって合成にはバリエーションがあり,式(5.10)の場合は「max-min合成」と呼ばれる.さらに,一般に任意の積演算子$\ast$$\ast$ $\land,\cdot,\odot,\cdot\!\!\!\land$など)で$t$- ノルムが定義される場合,つまり,$A\circ R$が,
\begin{displaymath}   
\mu_{A\circ R}(v)=\bigvee_u(\mu_A(u)\ast\mu_R(u,v))   
\end{displaymath} (5.11)

と定義される場合,この合成は「max-$\ast$合成」と呼ばれる. 逆に,合成をさらに一般化して,$\lor$の代わりに,任意の$s$- ノルムを用いる場合をも合成として取り扱っている文献もあるが,式(5.10),式(5.11)の$\lor$が単に射影規則に由来するsupの置き換えであり,$s$- ノルムとは関係ないことを考えると,このような一般化の意味は必ずしも明確ではないと思われる.

注意2

4.7節で述べた拡張原理はこの合成規則の特別な場合として導くことができる.つまり, $X\rightarrow Y$への写像$f$は,$(U,V)$上のクリスプな集合$F$を用いて,

\begin{displaymath}   
(X,F)\mbox{ is }F   
\end{displaymath}

$F$は,$v=f(u)$が成立する$(u,v)$に対してはグレード1をもち,それ以外の$(u,v)$に対してはグレード0を持つようなクリスプ集合)と表される.ここで,クリスプ集合$F$$(U,V)$上のファジィ集合$R$の特別な場合に他ならない.したがって,ここにさらに,($X$ is $A$)なる条件が与えられれば,合成規則より,($Y$ is $A\circ R$)が得られる.この$A\circ R$は拡張原理によって得られる$A$の像$f(A)$と一致することは,容易に確かめられる. つまりこれは,写像 $f:X\rightarrow Y$による,$X=A$の像$Y=f(A)$を求めることは,($X$ is $A$)であり,かつ($(X,Y)$ is $F$)なる関係があるとき,$Y$について何がいえるかを推論することに他ならないという納得し得る当然の結果を示している.

(7) 一般化肯定式(Generalized Modus Pones)

一般化肯定式は,ファジィ含意「($X$ is $A$)$\rightarrow$ ($Y$ is $B$)」がルールとして存在し,これに対して「$X$ is $C$」なる事実が与えられたときに,$Y$がどのように推論されるかを与えるものであり,

(5.12)

と与えられる.ここで,ファジィ関係 $(A\rightarrow B)$の定義には5.2節で述べたようにいくつかのバリエーションが存在する.この規則は,ルール数が1のときのファジィ推論の方法を与えており,ファジィ推論で最も重要な規則の一つである. 式(5.12)のファジィ含意命題を5.2節で述べた標準型で表すと,

\begin{displaymath}   
(X,Y)\mbox{ is }(A\rightarrow B)   
\end{displaymath}

となるので,式(5.12)は,(6)の合成規則を用いれば,

と直ちに導かれる. 図5.18に,$X,Y$をそれぞれ一次元とし,$t$- ノルムを論理積($\land$)で定義し,さらに $(A\rightarrow B)$としてMandaniの含意を採用した場合の一般化肯定式による推論例を図示する.図からわかるように,この場合の推論結果 $C\circ (A\rightarrow B)$は,結果的には,$B$の頭頂部を$A$$C$の共通集合の最大グレード$\alpha $によって切り取ったものになっている.これが正に,3.2節で説明したファジィ推論法1の頭切りの招待である.この図における$\alpha $は3.2節における適合度そのものである(図3.3と比較されたい.).

図 5.18   Mandaniの含意による推論の説明図

ここで,この$X$が一般に$m$次元の変数と考えれば,ルール内の前件部の変数が複数の場合にもこの一般化肯定式が適用される.つまり,前件部が$m$個の変数を含む場合,この前件部

\begin{displaymath}  
(X_1\mbox{ is }A_1)\mbox{ and }(X_2\mbox{ is }A_2)\mbox{ and }...\mbox{ and }(X_m\mbox{ is }A_m)  
\end{displaymath}

は,(5)の直積を用いて,

\begin{displaymath}  
X\mbox{ is }A  
\end{displaymath}

と表され,また事実

\begin{displaymath}  
(X_1\mbox{ is }C_1)\mbox{ and }(X_2\mbox{ is }C_2)\mbox{ and }...\mbox{ and }(X_m\mbox{ is }C_m)  
\end{displaymath}

も同様に

\begin{displaymath}  
X\mbox{ is }C  
\end{displaymath}

と表される.ただし,


であり,$A$$m$項ファジィ関係である.このとき,Mandaniの含意に基づけば,

\begin{displaymath} 
(A\rightarrow B)=A\times B 
\end{displaymath}

$m+1$項ファジィ関係として得られ,(6)合成規則の特別な場合,式(5.10)を用いれば,

\begin{displaymath} 
C\circ (A\rightarrow B)=C\circ (A\times B) 
\end{displaymath}

のメンバシップ関数は,

(5.13)

となる.ここで,$m$次元変数$X$の値$u$はベクトルで,

\begin{displaymath}
u=(u_1,u_2,...,u_m)
\end{displaymath}

と表されることに注意すれば,


となるから,式(5.13)は,


と得られる.3.2節で述べた推論法1の一般型において,前件に複数の変数を用いた場合にそれぞれの条件の適合度の最小のもので$B$を頭切りしたが,上式が正にその根拠を与えている.これは,

\begin{displaymath}
\bigvee_{u_j}(\mu_{C_j\cap A_j}(u_j))
\end{displaymath}

が変数$X_j$における適合度に一致していることに注意すればすぐにわかる.
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平成12年5月17日