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真理値集合と完備束

論理は即ち真理値によって展開してゆくのであるから,そこで用いる真理値としてどのような集合の要素を用いるかということをはっきりさせることが必要になる.例えば,最も基本的な古典論理では,取り得る真理値の集合として,通常,$\{0,1\}$を使っているが,ここで,0と1を用いる必然性はなく{真,偽}であってもよいし,{正義,悪}であっても,{美,醜}であってもよいだろう.ただ,その集合に何らかの数学的構造を見いだすことができれば論理を展開することができる.ここでは,論理を展開するための真理値の集合の構造として用いられる束の概念について概説する.

半順序集合

まず,束を考える前に,束よりゆるい構造をもった場合,半順序集合を説明する.真理値の比較をするためには,すくなくとも真理値の間にはある順序関係が存在しなくては話にならないだろう.つまり,真理値の集合は順序に関する構造をもつ必要がある. 順序に関する基本的構造を持った集合として,以下に示すような「半順序集合」が定義される. ある集合$P$の任意の元を$x,y,z$とするとき
  $\textstyle x\leq x$ $\displaystyle \quad(反射律)$ (4.1)
  $\textstyle x\leq y,y\leq xならばx=y$ $\displaystyle \quad(反対称律)$ (4.2)
  $\textstyle x\leq y,y\leq zならばx\leq z$ $\displaystyle \quad(推移律)$ (4.3)

が成立するとき,この集合$P$と二項関係$\leq$の組$(P,\leq )$(または簡単に$P$と書くこともある)を「半順序集合」という.ここで,二項関係$\leq$が大小関係である必然性はなく上の三つの性質を持つ二項関係として定義されればよい.このような二項関係が導入されれば,その集合の要素間に(その導入された二項関係の意味での)半順序関係という構造が導入される.また上の定義では,必ずしもすべての任意の2要素間に二項関係$\leq$が成立することが要請されてはいないことに注意する.つまり,順序関係が定義されない要素の組が存在してもよい.半順序関係を図で表すと,図4.1のようなものになる.ここで,$a,b,c,d,e,f,g$が集合の要素で,ある2要素$x,y$が線で繋がれていて,$y$$x$より上の位置に書かれているとき,これらの間に$x\leq y$の二項関係があることを示すものとする.例えば, $c\leq a,e\geq f$であるが,$e$$d$や,$a$$b$の間などには順序関係はない.

図 4.1   半順序集合の例

図 4.2   全順序集合の例

上の半順序集合に対して
\begin{displaymath} 
x\leq y または y \leq x \qquad (比較律) 
\end{displaymath} (4.4)

をつけ加えた集合は,「全順序集合」と呼ばれるが,もちろんこれは半順序集合の特別な場合となる.比較律は任意の2要素間に順序関係が定義されるように要請しているものであり,これを図で示すと,図4.2のように,全要素が一列に順序づけられたものになる. 真理値集合は少なくとも上の半順序集合になっている必要があるだろう.このとき,順序関係はどちらの真理値がより真に近いかを表すものと解釈される.

上で述べた順序関係だけでは,それぞれの要素の比較の問題が取り扱えたが,まだ要素間の演算はなにも定義されない.したがって,これでは,命題の真偽の比較はできても論理演算が全く行えず,論理展開が行えない.そこで,半順序集合に,以下に説明する二つの二項演算$\land$$\lor$を導入することにより,「束」という構造を持った集合が定義される. ある半順序集合$(P,\leq )$の部分集合$A$のすべての要素$x$に対して,$a\geq x$を満たす$P$の要素$a$$A$の「上界」といい,逆に$A$のすべての要素$x$に対して,$b\leq x$を満たす$P$の要素$b$$A$の「下界」という.また$A$の上界のうちで最小のものを$A$の「上限」(つまり最小上界),逆に$A$の下界のうちで最大のものを「下限」(つまり最大下界)という. ある二つの$P$の要素$x,y$を考えると,$\{x,y\}$は当然$P$の部分集合である.そこで,$\{x,y\}$の上限を「$x\lor y$」と表すものと定義し,$\{x,y\}$の下界を「$x\land y$」と表すものと定義する.ここで,もし,$P$の任意の2要素$\{x,y\}$に対する上限$x\lor y$及び下限$x\land y$$P$の要素になっていれば,このような操作は,この半順序集合上の二項演算として定義されることになる.しかし一般の半順序関係ではこのような上限,下限が存在するとは限らない.したがってこのような二項演算が定義される構造を持つ半順序関係として,「束」が定義される.つまり,
半順序集合$(L,\leq)$において,任意の要素$x,y$に対して,$\{x,y\}$の上限,下限が共に存在するとき,$L$は束をなすという.ここで,$\{x,y\}$の上限,下限をそれぞれ $x\lor y,x\land y$と表す.
と定義される.ここで,束$L$は,詳しくは, $(L,\leq,\land,\lor)$と書かれることもある. 図4.3に束をなしている集合の例を示す.ここで例えば$\{b,c\}$の上界は$a$$b$であるから$\{b,c\}$の最小上界(つまり上限)$b\lor c=b$が存在する.また$\{f,g\}$の上界は$a,b,c,d,e$であるから最小上界(つまり上限)$f\lor g=e$が存在する.同様にしてすべての要素の組み合わせに対して$\lor,\land$による演算が集合の要素として存在していることが確かめられる.ここで,$\{f,g\}$のように,半順序集合($\leq$)が存在しない2項に対しても上の二つの2項演算が定義されることに注意する.

図 4.3   束の例

これに対して,先に挙げた図4.1の例は,半順序集合であったが束にはなっていない.例えば$\{a,b\}$を考えると,この上界が図4.1の集合上に存在しないことからわかる. 真理値の集合に束の構造を仮定するということは,任意の二つの真理値の間に上限をとる操作($\lor$)と下限をとる操作($\land$)を導入することであり,これはまた真理値間に「撰言(または)」および「連言(かつ)」の論理演算を導入することに他ならない. 以上では,束を半順序集合の特別な場合として定義したが,もっと直接的に,「束とは,
  $\textstyle \begin{tabular}{c}  
$x\land y=y\land x$\ \\  
$x\lor y=y\lor x$\ \\  
\end{tabular}$ $\displaystyle \quad (交換律)$ (4.5)
  $\textstyle \begin{tabular}{c} 
$x\lor(y\lor z)=(x\lor y)\lor z$\ \\ 
$x\land(y\land z)=(x\land y)\land z$\\ 
\end{tabular}$ $\displaystyle \quad (結合律)$ (4.6)
  $\textstyle \begin{tabular}{c} 
$(x\land y)\lor y=y$\\ 
$(x\lor y)\land y=y$\end{tabular}$ $\displaystyle \quad (吸収律)$ (4.7)

の3組の双対な性質を満たす$\lor$$\land$が定義されている集合である」と定義することと同じことであることは一般に知られている.そこで,上の3律はまとめて「束の公理」と呼ばれる.

完備束

いま,$L$を束とし,$A$$L$の部分集合としたとき,$A$の上限(最小上界)を

\begin{displaymath} 
\lor A 
\end{displaymath}

と書き,特に,

\begin{displaymath} 
A=\{a_i\, \vert\, i\in I\} 
\end{displaymath}

と表される場合は,

\begin{displaymath} 
\lor A=\bigvee_{i \in I}a_i=\bigvee_ia_i 
\end{displaymath}

と表されるものとする.同様に,$A$の下限(最大下界)を

\begin{displaymath} 
\land A=\bigwedge_{i\in I}a_i=\bigwedge_ia_i 
\end{displaymath}

と表すことにする. ここで,「束$L$が完備である」とは,$L$の任意の部分集合$A$に対して必ず$\lor A$および$\land A$が存在することであり,このような束を完備束と呼ぶ. 一般に無限個の要素を持つ束については,$\lor A$および$\land A$が存在するとは限られないが,存在するとすればそれぞれ唯一存在することが知られている.これに対し,有限個の要素しか持たない「有限束」の場合は必ず完備束になることも知られている.また,さらに完備束は,最大要素と最小要素を持つことも知られており,一般にこれらをそれぞれ$O,I$または0,1などと表すことが多い. さて以上のような完備束を真理値の集合として仮定するということは,「完全な真」(最大要素1)と「完全な偽」(最小要素0)の存在を仮定することに他ならない.ただし,真理値として,有限個の要素しか用いない場合には,束の構造を仮定しただけで,自動的に完備性が仮定され,最大要素と最小要素は定義される. 図4.3の例は,有限束であるから,当然,完備束であり,最大要素$a$と最小要素$h$が存在する. 以上までに説明したように,「完全な真」および「完全な偽」が存在し,また「かつ」および「または」の論理演算を行うためには,真理値の集合として,完備束を使う必要がある.逆にいえば,どのような集合を真理値の集合と定義しようと,それが,完備束なっていれば,「完全な真」「完全な偽」「かつ」「または」の概念を定義することができる.以下の節ではいくつかの通常の論理体系について概観するが,それぞれの論理体系の真理値集合は,完備束のさらに特殊なものとして定義される.
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平成12年5月17日